入学二ヶ月目

ゼミ発表も2回目を迎えた。今のところ、一ヶ月に一度くらいのペース。
こないだの発表がうまくいかなくて、終わってから静かにへこんだ。いや先生にはそんなに何か言われたわけではなくて、「M1の人はまだ発表の配分がわからないかもしれないけど、事実関係の発表はレジュメとしてまとめておくだけでいいから、文献講読ならそちらに発表時間を割いたほうがいい」というようなアドバイスだったんだけど。



この4月からゼミに入って、わたしは先輩たちのレベルの低さに心底がっかりしたんだよね。修士でやってることがまともに体裁をなしてなかったりして。博士の方の学会発表の予行演習というものを聴かされても、これ外に出したら研究室の名前に傷がつくのでは…と思うほどで。それでいて、今年はどうやらわたしの同期のレベルが異常に高かった。それはもう誰がどう見ても一目瞭然。それがわたしにはすごく刺激になったし、生まれて初めて「好敵手」という言葉の意味を実感した。信頼してるし気軽に相談できる関係だけど、この子たちには単なる友人ではなくひとりの研究者として認められたいなあって。


そう思って、ゼミ発表に向けてずいぶん前から周到に準備してた。でも直前の一週間は仕事も残業ばっかりで帰れなくて、お願いだからわたしに研究時間を与えてくれ…って会社の更衣室で泣いたりした。何よりも睡眠時間が足りなくて身体がつらかった。でもわたしは仕事続けながら大学に通うことを選んだわけだし、会社側にも大学側にも前例のないことで、この心情を分かち合える人が周りに全然いないんだけど、それでも自分で選択したことだからその自分に屈したくなかったし、研究だけをしていられる立場なのに不出来な先輩たちに負けたくなかった。


そうして当日、30分のゼミ発表をした。聴いてくれている先生と学生たちに興味をもってもらいたいと思って、少し俯瞰的に美術史における立ち位置について語ったり、視覚的に補完できるスライドを用意したり、余談的な逸話を入れたり。


でも、その発表中、口では滔々とプレゼンしながら、頭の端っこで気づいたんだよね。わたしが今回この発表に向けて突き動かされていたその動機は、聴衆を「ほお…」と感心させようとした支配欲にあるのではないかと。完全に傲慢。わたしの意識が研究そのものにではなく、これだけわたしは熱心に研究しててあなたが聴く価値のあるプレゼンができるんですよ、ということをアピールしようとしてる自分に行っていることに気づいて、その瞬間、この発表は失敗だと思った。


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その後は、さっさと帰った。こんなことで落ち込んではいられないので、同期にも愚痴りたくなかったし、人前でしゃべってみないとわからないことがわかっただけでも十分収穫だった。だけど、わたしはこんな入口の段階で、真摯に研究に向き合うことを忘れそうになってしまったから、それは一番だめだと思った。他人は関係ない。わたしの前には解読しなければならない謎が山程あるのだから、余所見しないでそちらに取り組むしかないんだ。人前で発表するときのテクニックは、それとは区別して身につければいい。


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こういう話をできる先輩が近くにいればいいなあと思うね。
学部からそのまま上がっていれば、信頼できる院生の先輩たちがいたんだけど、まあ言っても詮無いことだ。