あの子の苦悩

わたしには他人の思想に口を出す趣味はない。人はみんな信じたいものを信じればいいと思う。例えそれがどんなに異端であっても。


友人に深い苦悩を背負っていることを告白された。つまり、わたしを好きになることと彼の信条とが完全に反するということだ。だからわたしに話さなければならなかった。長い長い話を聞いて、今までのことが全部腑に落ちた。そして、彼がこれまでわたしに小さな嘘をつきつづけなければいけなかったこと、わたしとの関係で彼がずっとひとりで苦しんでいたことを思って、とても痛ましい気持ちになった。前に彼はわたしのことを「君はイレジスティブルだ」って言ってた。irresistibleー感情がresisterできない、自分の内的衝動に抵抗しようとしたけどできなかった、という意味だったんだ。


人間同士が心からわかりあえることなんてないと思ってる。だからわたしには彼の葛藤が理解できるとは思えない。「それはあなたの問題だから、あなたが考えなければいけない」って、わたしはあの子の目を見てはっきりと言った。あの子の答えは決まっていた。彼にはわたしより大事なものがある。わたしの介入する余地はない。そんなつもりもない。ひとつだけエゴイスティックなことを言っていいとしたら、彼が自分の気持ちを理性で抑えようとする限り、彼はわたしのことを嫌いにならないだろう。リンゴは禁断の果実だと思うから食べたくなるんだ。


しかし、人生って思いがけないことが起こるものですね。