再会

クリスマス休暇に、パリからミュンヘンに向かう夜行列車のなかで出会った男の子と、パリで再会した。


そう、この話はまだ書いてなかった。ドイツ旅行の記録を残しておきたいと思ってるんだけど、うまく言葉で表せないまま今に至る。大事な出来事ほど温めて熟成して、その思い出を反芻してるうちに満足してしまうパターンね。


夜行列車は6人掛けのコンパートメントだった。わたしはクシェット(寝台)が苦手なので椅子席にしただけだったんだけど、そのコンパートメントはちょっと特別な雰囲気だった。みんな一人旅で、イギリス人の男の子、イギリス人の女の子、メキシコ人の女の子、わたし、という4人。わたしは最初ひとりで本を読んでたんだけど、そのイギリス人の男の子がわたしの本を見て「日本人だよね?」って声をかけてきたんだった。聞けば、日本に2年間住んでたことがあるらしく、そのときに独学で日本語を身につけたらしい。年齢を聞いたら22歳らしいんだけど、彼の日本語はとても流暢でインテリジェントな感じがした。それを伝えたら「調子に乗ってると思われたくないけど、そう言ってもらえると素直に嬉しい(原文ママ)」って。何そのネイティブ感。ナチュラルすぎてちょっと笑った。ちなみに彼が今読んでる本を見せてもらったら、中上健次の『蛇淫』だった。講談社文芸文庫!そしたらその話を聞いていたメキシコ人の女の子が「何語?」って聞いてきて、そしたら今度は彼女とスペイン語で話しはじめた。そして「僕はメキシコの歌も歌えるよ」っていって、コンパートメントの中で小さなギター演奏会が始まった。スペイン語の曲、英語の曲、そして日本語の曲も(なんでも札幌の狸小路で歌ってたらしい)。それがすごく甘くて繊細な声なので、そのうち隣のコンパートメントからも人が集まってきた。彼はずっと静かにギターを弾いてて、演奏したあとでニコッて笑うだけなのに、周りの人がどんどん虜になる。こういう人もいるんだなあと思って感心した。その夜は最後に小さな小さな音で子守歌を弾いてくれて、わたしは気づいたら眠ってた。


翌朝はアドレスを交換して「また会えたらいいね」くらいだった。それから3週間、彼はオーストリアからロンドンに帰る途中でパリに寄ることにしたらしく、「じゃあパリで会おうよ」ってなったのが先週。そして日曜日の午後から夜中まで、今日は朝から夜まで、そして明日は朝から彼がパリを発つ電車の時間まで、気づいたらずーっと一緒にいることになってるのだった。そんな予定じゃなかったんだけどな。


モンパルナス、エッフェル塔コンコルド、グラン・パレ、モンマルトル、カタコンベ。わたしたちはひたすら歩いた。そしていろんな話をした。例えば、他言語話者は「I love you」のように大切な言葉を自分の母国語で言うべきか、相手の母国語で言うべきか、とか。旅行中に写真を撮ることで、そこには写らないその場の空気や音が失われることはあるかどうか、とか。シニフィアン(意味しているもの)とシニフィエ(意味されるもの)の違いについてとか。独学で学んだ日本語でこのレベルの話ができるのはちょっとすごい。わたしは日本語でもうまく話せないのに。例のフランス人の男の子とは、わたしもフランス語あんまりできないし向こうも日本語で難しい話できないから、こういう会話はまず不可能。いや、別に不満はないんだけど。わたしもこのレベルまでフランス語できるようになったら、この国がまた全然違って見えるんだろうなあと思う。


まあそんな感じで充実した日々なんだけど、困ったことが2つあって、1つは彼の顔が信じられないくらい端正な容貌なので直視するのがはずかしいことと、もう1つはわたしに好意を持ってくれそうなんだけどそれはまたなんでわたしなんですか…っていういつものあれ。そしてイギリス人の男の子は、わたしのデータベースにはその彼しかいないけど、フランス人とぜんっぜん違う。たぶんフランス人だったら今頃もうキスして抱きしめてるw


毎度こんな話ばかりですいません。わたしだって女の子の友達ほしいけど、フランス人の女の子は日本人の女の子になんて興味ないよね。知ってる。この国では、同性と仲良くなるほうがずっと難しい。
あー明日の別れ際がやだなあ。友達ではいたいけど、面倒なことにしたくない。