あくがれの地へ

  なさけないハナシだが、飛行機や新幹線などの高速移動がどうも苦手らしいのだ。
  到着してしばらくは、カラダとアタマが別々になったような感じがしてしまう。
  たぶんアタマはゆっくりと(経験上、自転車くらいのスピードで)カラダを追いかけているのだろう。


その比喩でいくと、たぶんわたしのアタマは東京に帰ってきていなくて、まだ今頃四国上空くらいだと思う。


初めての宮崎。
堺さんから宮崎の話をたくさん聞かされていたので、もうすっかり頭の中に宮崎の街ができていて、なんなら一回くらい行ったことがあるような気でいた。だけど実際に宮崎の街に降りてみて感じたあの空気は、それはもう似たようなものを見つけられないくらい初めての感覚だった。宮崎平野に吹き渡る、あのあたたかい潮風。


宮崎に行ったのは、これを聴きにいったのでした。

「牧水研究会」5周年記念講演会 「若山牧水はいま新しい!!」


日時:平成23年3月21日(月)春分の日
会場:宮崎日日新聞社ビル
講演一部 上田 博 立命館大学名誉教授
若山牧水は新しい」 ―『山桜の歌』に親しみつつ―
講演二部 伊藤一彦 牧水研究会会長
『ぼく、牧水!』の世界 ―若山牧水堺雅人と―

伊藤先生は歌人であり、堺さんの高校のスクールカウンセラーの先生でもあり、高校生の堺さんに現代社会の授業で哲学を教えた人。宮崎の話と同じように、わたしは堺さんの話す「演劇部の部室とカウンセリング室」の話を何度も何度も聞いていたから、会場で伊藤先生にお会いしたとき、初めてなのにそれこそちょっと懐かしい感じがした。
実はわたしが高校時代に影響を受けた恩師も、伊藤先生と同じでニーチェを研究してた人で、最初に学問というものを教えてくれた人だった。だから伊藤先生とその恩師が重なって、伊藤先生の講演を聞きながらすっかりわたしは生徒がえりしていた。高校の授業のこと思い出したり、伊藤先生の授業を聞く堺くんのことを思ったりして。
「こういう題目を掲げた以上は堺の話もしないとね」っていって伊藤先生がしてくれたお話。堺さんのご両親は、堺さんがオードリーに出てはじめて「雅人は本当に東京で役者をやってるんだ」って知ったっていうのは有名な話だけど、堺さんはオードリーに出ることを自分からご両親に言わないでいて、でもおばあちゃんには言ったそう。伊藤先生によると、「カウンセリング室に来ていた生徒たちが連絡くれるときは、決まって何かを成し遂げたとき。堺も”オードリーくらいじゃまだ両親に連絡できない”って思ってたんだろう」って。NHKの朝ドラでもまだまだだって思ってた堺くん。そのプライドの高さとか頑固さとかがほんともう青春スーツ完全武装で、ああ良いなあその堺くん、ってわたし笑いながら泣きそうになっちゃった。


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わたしにとって堺さんは、先生でありお兄ちゃんであり、10年先からわたしを導いてくれる人なので、伊藤先生は「先生の先生」っていう感じがした。堺さんからすると「若山牧水−伊藤一彦―堺雅人」っていうラインがあるように見えているようだけど、わたしからしたら牧水は、堺さんの見ている伊藤先生の見ている牧水、っていう存在。今回、牧水の短歌について教えてもらったり、牧水のルーツを辿らせてもらったけれど、最後に伊藤先生に「君は奈良の生まれなら、万葉集があるじゃないか」って言われた。そう、万葉集と牧水の短歌は似ているの。でもそういう勉強を全然しないでここまで来てしまったから、今からでも学びたいなあと思ってる。牧水のことがわかれば、自然と堺さんのことがわかるようになる気がするから。まったくならないかもしれないけど。でも何もしないのもなんだから、っていうあの心境 笑。


それから。牧水の重要なキーワードに「あくがれ(=あこがれ)」っていうのがあるんだけど、その元々の意味は「在所(あく)を離(か)る」、つまりある場所を離れる、ということ。牧水は宮崎を離れて生涯旅を続けた人生だったけれど、彼が旅に憧れる気持ちは「故郷は愛している。でも外の世界に行きたいんだ」っていうものだったらしい。今このタイミングでそれを聞けたのは、すごく勇気が出た。わたしが外に出たい気持ちは、別に故郷を捨てたいからじゃないんだって、牧水が保証してくれたような気持ち。


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もうひとつ。伊藤先生の話を聞きながら気になることがあって、帰ってきてから調べたら、おもしろいことがわかった。
わたしの高校の校歌は、佐佐木信綱という歌人による歌詞なんだけど、明治時代に「心の花」という短歌会を開始しているの。伊藤先生との別れ際に「今度ぜひ東京の歌会に参加してみるといいですよ。僕が紹介します」っていってくださったのが、まさにその「心の花」の歌会だった。伊藤先生の早稲田時代からの先輩が、佐々木幸綱という人で、信綱の息子らしい。すごいねこの連関。ちょっと感動した。


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旅行記なんだか散文なんだかわからないものになってしまった。でもまた行きたいなあ宮崎。
って、寒い東京で節電しながら、あのあたたかい街のことをずっと思ってる。