永遠の0

永遠の0 (講談社文庫)

永遠の0 (講談社文庫)


知り合いが電車の中で嗚咽が止まらなかったというので読み始めた。
すごい良い本だった。肌が粟立つほどリアルで鮮やかで、活字を追ってるんだけど映画を観てるような気分だった。



内容は、26歳の健太郎とそのお姉ちゃんが、特攻で亡くなった祖父のことを調べて当時の関係者に順に会いに行くというお話。かつて戦場で一緒に戦った仲間たちは、その祖父「宮部さん」のことを思い起こしながら、戦況の変遷について、空戦の様子について、当時の日本の軍隊について、そして特攻のことについて重い口を開く。けれど宮部さんの人となりが明らかになるごとにますます深まる謎があった。「どうして彼は特攻に出て行ったのか――」


人間の描き方がとにかくすごい。「宮部さん」の人間像はいろんな人の口を借りて語られるので、すぐにひとつに定まらないんだけど、最後に一本の線でつながったときに、フィクションなんだけど宮部さんが生きてる!!って感じがした。その宮部さんについて語る人たちも同じように、みんなそれぞれの思いがあって、人生があって、作りものだけど作りものじゃないようなその人々の語り口に、読みながら気圧された。


わたしは主人公の健太郎や若き日の宮部さんとほとんど同年齢なんだけど、わたしたちの世代は「戦争はいけない」っていうことばかり教えられて、歴史そのものはほとんど教わってこなかった。悲しくて重い戦争映画を教材にして、感情レベルで「戦争反対」って刷り込まれてるばかりで、はたして第2次世界大戦とはなんだったのか、日本はどこでどういう選択をして戦争を推し進めたのか、そういうことを知らないでわたしたちは大人になってしまった。わたしの父は戦前生まれで、母は終戦の前年に生まれた。それでもこんなに何にも知らない。それってまずいんじゃないかなあと思う。だって、戦争って悲惨で暗いイメージばかりあるけど、結局人間がなんらかの理由によって判断して決めて実行したことなんだから、どういう経緯があったのかを冷静に知っておく必要がある。その意味でもこの本には教わることが多かった。真珠湾攻撃ミッドウェー海戦ガダルカナル島の戦い、どこで何が行われたのかがなんとなく思い描けるようになった。わたしは右翼でも左翼でもない。ただ何があったか知りたいだけ。


ひとつひとつのエピソードは、それぞれの日本人兵士が見た景色でしかない。それらのミクロな景色が集まって全体像がわかるという手法。わたしの友達で高校一年生の女の子がいるんだけど、彼女も「今年いちばん読んで良かった本!」っていってた。悲しみや恐怖ばかりで埋めないで、こうして口承風に出来事を登場人物に語らせるだけでも、年若い人たちにもちゃんと伝わるんだと思う。



ところでこの本には空戦の最中の様子がときどき出てくる。この描写が(誤解を招くのを承知で正直にいうと)すごい良くて毎回興奮する。自分はスカイクロラでずいぶん慣らされたんだと思うけど。もちろんこの本の中ではアクロバット目的じゃないから、読んでるときは結構つらいんだけど、地上にいるときより搭乗員たちがいきいきしてる感じがして。陸軍とも海軍とも違う、ちょっと特別な感じがする。「宮部さん」の人となりも、ただ心の優しい落ち着いた人だったらこんなに読んでて胸を打たれなかったと思う。飛行機乗りとして鋭い感覚と腕があったから、人として奥行きのある素敵な人というか、ああ、健太郎たちが追いかけている祖父がこういう人でよかったなあって最後思えるんだろう。


クライマックスは本当に感動した。泣かなかったけど、完全に気持ちを持っていかれた。生も死も選べない状況のなかで、宮部さんが最後に何を選んだかっていう。「宮部さんを死なせるようなこんな国なら、滅びてしまえばいい」っていう誰かの台詞がすごい頭に残ってる。


これ、映画化したらいいと思うよ。
もっとたくさんの人がこの物語を知ってくれたらいいと思う。