スピラル


プロダクションノート、というほどのものではないけども。
すでに手にとってもらった方には、制作裏話的なものがあると楽しんでいただけるかなあと思って。


先日こちらの『SPIRAL スピラル』という小さい本を作りました。



発行所は「グラール堂」となっていますが、これはわたしのプライベートプレス名です。四谷アートステュディウムの編集オルタナティヴ講座で、郡淳一郎先生と間奈美子先生に習っていたときにつけました。由来は当時住んでいた「かぐらざか」から来ているんですが、今はもう住んでいないのでプレス名だけが残ったという次第です。


この本のもともとの構想は、2008年くらいからあったものです。その頃ポアンカレ予想*1にはまってて、それを発展させて本の形にしよう、というところから始まりました。まだこの段階では、物語にしようというつもりはなくて、造本計画から考えていた記憶があります。


そもそもわたしはフィクションを書く動機というものをそんなに持ち合わせていないので、別に書くことが好きとか、書かないと生きていけないとか、そういうのはないです。でも書物という媒体が好きだから、自分で作るならその素材を作らなければいけないっていう理由で、今までも詩とかお話とか書いてきました。最初はそういえば、デュシャンの絵画を何枚か順番に並べて、それが挿絵になるようなお話を作りあげる、という「デュシャンえほん」というのを書きましたね。その後シャガールでも試みました。そうやってできた物語は、絵画の中で初めから意図されているストーリーでもないし、自分本位でも書けない。でも想像力と辻褄合わせで書き上げると、他人が書いたものみたいにおもしろいんだけど、自分の無意識みたいなものがじわっと表れていたりして、それは結構楽しかったなーって思います。


そして前回のは、太陽系の惑星の詩集だったんだけど、あれは1ページごとに「素材と色彩」を決めて、詩にしました。たとえば木星だったら、自然に“木材”と“緑”の入る詩にする。そうすると、表面上は恋の詩っぽいんだけど、読んでる人は無意識のうちに手触りと色彩を感じるという。そういうふうにして、この言葉を使わなきゃいけないとか、この表現をどこかで入れるとか、裏ルールがないとわたしは書けないようなので、自分で自分に決めごとを作って書くという手法でやってます。


で、今回のは、ポアンカレの定理を元に、読んでるうちに二次元から三次元への飛翔、三次元から四次元への飛翔、っていうのがなんとなく感じられるようにまず構成を作りました。書いてるあいだ、ずっと見てたのはこの図です。



これがなぜああいう話になるのかは、自分でも謎ですがw


まあ今回のは小説だけど、誰がどうしたっていうストーリーではないので、自然とわたしの考えてることとか、影響されたものが出てくるものだなあって思いました。「また宇宙ですか?」「また宇宙です!」みたいなw あと、人間って頭で考えてることと別に、「手」が外の世界の様子を知覚して意志を持って動いていることってわりとあるよね、ということとか。ひとりの人間の中に複数の人格がいて、人格Aと人格Bは意思疎通できるけど、人格Cはいつも一方的に見ているだけで、向こうはこちらの存在に気づいていない片思い状態だったりするということはあるんじゃないか、とか。その他、天才の孤独についてや、内側と外側、閉じ込められることと閉じ込めることなど。そういうのがこの6ページのなかにぎっしりつまっています。


造本については、今回のテーマは「硬質さ」と「静謐さ」でした。最初の計画ではもっといろんな仕掛けを入れたり、本文組がぐちゃぐちゃしてたりしたんですけど、文章がすでにわかりにくいものになっちゃってたから、もうシンプルに行こうと思っていろいろ削ぎ落としました。そういえば、製本の先生からは「文字組を横書きにするとか信じられない。世代だなあ」って驚かれたんですが、そんなに特に主義とかなくふつうにやってたことだったから、びっくりされたことに逆にびっくり。自分が今の読んでる芸術書も和文だけど横書きだし、縦書きで組むことのほうが違和感あるかも。版型は、これは実はアップルの説明書と同じサイズです。本文中にも正方形って出てくるので。あと、初めは本文用紙を漆黒にして銀のインクで刷りたい!っていう夢があったのですが、印刷見積もりとったらすごい高くて、プリントゴッコでも細かい文字が出ないということがわかったので、断念しました。用紙については、本文用紙は、竹尾のNTラシャ(グレー40)、表紙は平和紙業の新・星物語(カレント)。表紙は別に名前で選んだわけじゃなかったんですけどw、いろいろ試してみて一番はまったので。まあ言わなきゃ自分だけが楽しいやつねw


反省点。やっぱりわたしは製本の経験が足りないので、オリジナリティに欠けるなあというのを一番実感しています。でも、中身がとっちらかってるわりに見た目はおとなしくて無害そう、というのはすごい自分っぽいなあと思いましたw 何度作ってもそうなるんだよねえ。今度はもうちょっと挑戦的なことしたいね。真っ赤な本とか。
文章については、本当に自分の文章が好きではないので、いや好きなんだけど子どもっぽくて嫌になるので、もうあんまり考えないようにしています…。あとこれは裏話だけど、当初冬のお話だったんだけど、発行が真夏になってしまったので、印刷直前に季節を夏設定に変えましたw なので実はちょっとあとから整合性が気になるところとか残ってたりします。
出来れば誰かに文章書いてもらって、絵も描いてもらって、装丁だけするのが夢なんだけど、それには装丁の経験をもうちょっと積まなければねー。


だけど、ひさしぶりに会社員でもなく学生でもないことができたなあって感じがします。これにかかずらってる時間を研究に向けたらすごい研究が前進するのかもしれないけど、でもわたしの本作りは一生もののホビーにしたいと思っているので。日本語の「趣味」よりももうちょっと専門性が高くて、積極的な活動をあえてアマチュアでやる、というニュアンスが英語のhobbyの意味にあるそうだけれど、それに近い。なのでまあ、次の長期休暇とかにまた作ろうと思います。


この本をほしいと言ってくださる奇特な方には差し上げていますので、もし興味のある方がいらっしゃいましたら、annaprique@gmail.comまでメールをください。無料でお送りいたします。お手元でご覧いただいて感想などいただけたら嬉しいです。






 

*1:余談。文字で書くと「ポアンカレ」が一般的なようですが、発音すると「ポワンカレ」が近いようで、いまだに自分の中で表記ユレあり